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2016/10/26

夕方5時に帰る生活

大内章子准教授 ビジネススクール(BS)

もう20年も前のこと、オランダはロッテルダムのエラスムス大学で、友人とどういうレポートを書くか、いろいろ話し合っていた。ああでもない、こうでもない、パソコンに向かって、あれこれ文章を打ち込む。そんな作業が終わる頃、もう外は暗い。あぁ、これから家に帰って、洗濯のためにコインランドリーに走っても間に合わない、食材をゲットするためにコンビニやスーパーに行ってももう間に合わないと焦る。オランダの店は日曜日が定休で、平日に買い物などを済ませなくてはならないが、パブなどレストランを除くすべての店は夕方5時に閉まるから大変だ。今日も5時を過ぎてしまった。なんと不便な国だ!日本なら夜までコンビニが開いているからこんな思いをしなくていいのに…。

そう思ったその時、ペアを組んでいたオランダ人の友人が「今日、うちで夕飯を食べない?」と誘ってくれた。オランダの家庭に招かれるのは初めて、喜んでお邪魔することにした。彼女は「今日、友達が家に来るけど、夕食いい?」と電話している。受話器の相手はお父さんだった。お宅にお邪魔すると、共働きのお父さんとお母さん、そして弟の3人が迎えてくれた。そして、お父さんが台所に立っている。食卓に上った食事はお父さんの手作り家庭料理。聞くと、お父さんが作るのはよくあることで、食事もふだんのものとのこと。商社に勤めていた頃、男性社員(一家のお父さん)が家に電話するのは、「飯が要る」という時だけ、それも一週間に一度あるかないか…、そんなことに慣れていた私には驚きだった。すべての店が5時に閉まるのは、つまり、すべての労働者が早く家に帰れるということなのだ。

この夏、カナダのビクトリアで、縁あって一般家庭に招かれた。お邪魔すると、2~4歳の3人の子どもが迎えてくれて、お父さんが巨大なバーベキューコンロでチキンの丸焼き2羽分をちょうどひっくり返しているところだった。お母さんが家の各部屋を一通り案内してくれた後、庭に出て、育てているぶどうやハーブを採ったりしながら、一緒におしゃべりを楽しんだ。子どもたちは裸足のまま、木からロープを下げただけの手作りブランコの遊具などで遊んだり、三輪車で庭を走り回っている。2歳の子どもがひっくり返らないかと見ているこちらの方が恐いくらい、子どもたちは忙しくあちこち走り回る。その間、お父さんは手際よく、食事を準備していく。

この家庭もフルタイムの共働きだ。お母さんは朝6時半に家を出て、午後3時半に帰宅する。お父さんは7時半に家を出て、夕方5時に帰宅する。二人とも仕事に出ている7時半~午後3時半までの間、住込みのナニーさんが3人の子どもたちの面倒を見る。住込みのナニーと聞くと裕福な家庭かと思うが、ごく普通の家庭で、保育園に通わせるより安くて済むのだそうだ。楽しいひと時を終えて、お母さんが我々一家を夜景のきれいなところに寄ってからホテルまで送ってくれることになった。次の日に仕事のある彼女の朝は早くて、私たちを送るために出かけると翌日の夕方まで子どもたちとは会わないから、お休みのキスをして抱きしめる。その子どもたち3人は、いつの間にか、お父さんにお風呂に入れてもらっていて、もうお休みの準備ができている。なんとお父さんの手早いこと。お母さんが私たちをホテルに送ってから帰るまでに子どもたちを寝かせるのも、大量の食事の後片付けをするのもお父さんの仕事だ。

フルタイム勤務で夕方5時に帰るなんて考えられない日本は、1980年代まで年間一人あたり労働時間が2,000時間超の、世界でも断トツの長時間労働の国であった。労働時間は、労働基準法の改正によりこの20年間に減り、2014年現在、1729時間で、アメリカ(1789時間)、イタリア(1734時間)と並んでいる。しかし、日本で特徴的なのは、週49時間以上の長時間労働の人の割合が21.3%と高く、特に男性では30.0%、女性では9.7%と男女差が大きいことである。(以上、(独)労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2016』より。)

そうした背景で、現在、安倍政権では、一億総活躍社会に向けて、子育て支援や介護の拡充が進められている。子育て、介護など多様なライフスタイルと仕事とを両立させるために、長時間労働の慣行を断ち切ることが求められているのである。

仕事に思いきり打ち込み成果を出すことができれば達成感、成長感、充実感を得られる。それができれば仕事人生は最高だろう。しかし、長い人生には波があり、山あり谷ありである。仕事以外に大切なこともたくさんある。育児や介護の他に、ビジネススクールで自己研鑽したり、家のメンテナンスをしたり、地域の子どもたちと遊んだり、PTAや被災者支援などのボランティア活動をしたりする。自分のため、家族のため、地域のため、社会のために時間を使って人生を豊かに過ごす人が多くなれば、私たちの暮らす社会はより豊かになるのではないだろうか。